講義レポート@横浜国立大学

山本直樹「おもしろいのが一番いいんですよ」

「メディアと芸術」(講師:大里俊晴氏)
2003.1.11 @ 横浜国立大学人間科学教育学部7号館101教室

(管理者注)今回は「講義」ということで、写真はありません。ご了承ください。

大里俊晴氏の「メディアと芸術」の授業では毎回、氏の 懇意にしている各界の表現者を招いて、つぶさに話を訊ね、 「メディアと芸術」の関係性、創作のモチベーションを 解き明かしていこうという試みです。

授業は規定の時刻から10分遅れて2時40分から始まりました。 授業開始前には、最新の山本マンガを読む顔が教室内に 散見され、なかなかふしぎな雰囲気を醸し出していたような。


大里「ぼくは、'80年代に、フランスに5年ほど行っていたんですけど、 帰ってきたら、有害図書問題というのが起きていたんですね。それで 山本さんの『Blue』('91年)という作品を読んでみたんですけど。 それまでもエロ劇画というのはあったけれども、ぼくはあんまり青年 マンガっていうのは読む気が起こらなかった。というのは、少女マンガが ずっと先鋭的に思えていたからなのね。で、少女マンガばっかり読んでました」
山本「マンガ好きにはそういうひとが多いみたいですね」

大里「まずは、山本さんが、マンガを描かれたきっかけというか、 そういうことをお尋ねしたいんですけども。ご出身は北海道でしたよね?」
山本「そうですね。ずっと北海道。中高生の頃は『がきデカ』とか 『(すすめ!)パイレーツ』とかを読んでいる、ごく普通の感じで」

大里「デビューは、いつでしたっけ?」
山本「'84年ですね。ぼくはマンガを描くようになったのは遅いんですよ。 大学に入ってから、いわゆる(マンガ)マニアみたいなのになって、 友人相手に、語るわけでね、延々と、マンガについて(笑)。そしたら、 お前そんなに言うんなら、自分で書いてみれば?って言われて、そうか、 そんな手があったか、と(笑)」
大里「(笑)ふつうマンガ家をめざすというのは、そういうんじゃないですよね」
山本「マンガ家になろう、と思ったのは、今でも良く憶えてるんですよ。 大学1年、'79年の11月です」
大里「マンガ家になろうと思って、まず最初に何をされました?」
山本「まず文房具屋に行って(笑)、とりあえず墨汁とペン先と、 ケント紙買って。あとは三角定規か(笑)」
大里「(笑)じゃあ、今この(教室の)中にいるみんなの中でも誰か、 マンガ家になろう、と思ったら、なれるんだと」
山本「そうですね(笑)」


大里「そのデビューに至るいきさつというか」
山本「最初なかなか描けない訳ですよ。描いたこと無いんだから、 当たり前なんですけども、最後まで描けない。持ち込み云々以前の 問題ですね。で、しばらくうんうん唸ってて、ヤングジャンプとかに 持込に行くわけですよ、いかにもヤングジャンプに載ってそうな マンガを描いて(笑)」
大里「(笑)」
山本「ヤングジャンプにね、ヤングジャンプに載ってそうな マンガ描いて持っていってもね、載せてくれるわけ無いんですよね(笑)。 それで、当時川崎市民文化センターとかでやっていた コミケ(コミックマーケット)を覗きに行って」

大里「当時、ロリコンってのがもうあったわけでしょう?」
山本「そうですね。'79-'80年頃。最初は、吾妻ひでおさんと その周りの人達がはじめたんですけど。彼らが最初のいわゆる ロリコン同人誌っていうのを作って、それは7号くらいで潰れ ちゃったんですけど、それが出て、1,2年かな。もう、200、300と ありましたね、それと同じようなのが」
大里「それで、いわゆるエロに行かれたわけですか?」
山本「そう。そういうの見ていて、ああ、こういうのだったら 自分にも描けるかな、と思って。 そしたら実に、自分に向いていたんですね(笑)」
大里「天性の職を見つけたと(笑)当時、自販機本なんての もあって、要はエロ本なんですけど。だいたいそういうのは 左翼崩れのひとがやっていてね、エロが一定量あれば、あとは何を やってみてもいいみたいなね。実に、いい加減というか自由というか。 ぼくも文章書かせてもらったりしましたけど。『JAM』とか『HEAVEN』とか」
山本「ああ、ありましたね。そういうエロ雑誌で好き勝手やるっていうんで、 吉田戦車とか朝倉世界一なんかがいたんですよね」


山本「7年前に、アシスタント制をやめて、それからずっとひとりで 描いているんですけど」
大里「授業の後半で、どういう風にコンピュータでマンガを 描いているのか、というお話も伺います」


10数分の休憩後、後半は、プロジェクターと山本先生の使われている コンピュータで、実際どうやってマンガをお描きになっているか、についての 詳細なレクチャー。なかなか普段窺い知ることの出来ない、貴重な時間に なったように思います。大里氏の 「ずばり山本先生にとっての、エロティシズムはなんですか」 という問いに「女性の、局部です」という忌憚の無い回答も(笑)。 授業終了後も、熱心な学生諸氏からディープな質問が飛び出しました。

Q「さっき、セックスはなんだか寂しい、っていうお話があったと思うんですけど、 そこらへんについてもう少し突っ込んでお話聞かせて下さい」(男子学生)
A「そうだなあ。あんまり、そこらへんについては考えないようにしてるんですけど。 なんとなく、って感じで掴んではいるんだけど、あんまり分析しないように してるんです。ぼくは描き手なんで、考えすぎちゃうと、描けなくなっちゃうから」

Q「なぜアナルセックスが多いんですか?」(男子学生)
A「ふつうのセックス描いていて、それでさらに盛り上がりっていうか、 エスカレーションを感じさせるには、てっとりばやくもうひとつの 方に入れちゃえ、って感じかな。個人的にアナルがどうとか、そういう のはないんですよ」

Q「先生の作品では、だんだん女の子のおっぱいが大きくなっているように 思うんですけど、それはなぜですか?」(女子学生)
A「よく見てますねえ。それはね、大きいおっぱいを描いたことがなかったから (笑)。 基本的に同じことは描きたくないってのがあるんですけど、大きいおっぱいを 描いたことがなかったな、と思って描いていったら、いろんな風にかたちが かわったり、楽しいな、ってふうになって。それで大きくなったんですね(笑)」

質疑応答が終了し、約2時間にわたった講義も幕を閉じました。小学館「IKKI」誌を含め、 山本先生の仕事についての記事というのは、今までいくつか読んできましたが、 今回は極めて微に入り、細に入ったお話が伺えたように思います。 講義の中で、普段先生の感じられているマンガを描く楽しさが、 ことばの端々からよく伝わってきました。

一番印象的だったことばは「おもしろいのが一番いいんですよ」というひとこと。 このひとことで、山本先生のマンガに対するスタンスがかなり感じられるのではないか、 と思います。この日、この場に居合わせたファンはみなラッキー!と思いつつ 帰路についたのではないでしょうか。来る2月のエロティクス・ファンナイトでも、 また、楽しいお話が聞けることを楽しみにしています。


文責:打つ棒(山本直樹.com)
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